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破滅へ続く鉄道/リチャード・ギア氏 NYタイムズ特別寄稿

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(2006年7月15日 ニューヨークタイムズ紙)

今月、北京とチベットのラサを結ぶ世界最高峰の鉄道が開通したことは、技術的には驚くべき偉業であり、中国の大きな発展を証明するものだ。しかし、中国から存続を脅かされているチベット固有の宗教や文化、言語にとっては最大の危機でもある。中国で長年にわたり監禁された末に亡くなったチベットの有名な宗教指導者によれば、この鉄道はチベットにとって「有事と闇」の到来を告げるものである。

世界の屋根を横断するこの鉄道は、チベットにおける中国の軍事拡大をもたらし、すでに現地で進められている破壊的な天然資源開発を加速する。その結果、チベットに流入する中国人移住者は増え、チベット人はいっそう疎外されることになる。首都のラサでは、チベット人はすでに少数民族である。

1950年に中国がチベットを侵攻した後の数年間で、何千というチベット仏教僧院が破壊され、何十万ものチベット人が殺された。現在の宗教弾圧はもっと巧妙に行われ、外からは見えにくいものになっている。その後、多くの僧院が一部再建されたが、そのほとんどは観光名所にすぎない。チベットでまともな宗教教育を受けることはほとんど不可能だ。ダライ・ラマ法王の写真をもっているだけで刑事犯罪となる。

多くのチベット人は自分の土地を鉄道用地として没収され、遊牧民たちは都市への定住を強制されている。土地と宗教を失えば文化は消滅する。これがまさにチベットの現実である。チベット人にとって土地はそれ自体、神聖なものである。

ほとんどのチベット人は、鉄道によって自分たちの文化が損なわれるというのに、その鉄道から経済的恩恵を得られないだろう。総事業費40億ドルを超えるチベット鉄道は、中国が「西部大躍進(Great Leap West)」と名付けた西部開発計画の中で最も力を注いできた事業である。しかし、この鉄道は中国共産党の古い戦略と政治目標に沿って建設されたものであり、その大きな恩恵を受けられるのは現地に駐在する中国人民軍や中国企業、中国人移住者であろう。ほとんどのチベット人にとって、中国の政策によって整備された経済的環境の中で競争していくための教育を受ける道は開かれておらず、経済発展の恩恵に与ることも許されない。

鉄道がチベットまで開通したことは、中国共産党上層部にとってこれ以上ないほどの象徴的な意味をもつ。それは、毛沢東が40年以上前にチベットを中国に統合するべく戦略の一環として掲げた目標を達成するということである。悲しいことに、チベット鉄道は激しい政治的抑圧のもとで開通した。チベットの共産党書記に就任した張慶黎は、中国共産党はダライ・ラマ法王とその支持者に対して「死闘」を挑むと述べている。

中国の胡錦涛・国家主席は7月1日、チベット鉄道を正式に開業させた。胡錦涛は1980年代後半、当時のチベット自治区の共産党書記としてラサに戒厳令を発令し、何千人ものチベット人の拷問と投獄を指揮した。チベット人は胡錦涛が行った弾圧を忘れていない。さらに、胡錦涛が直接起草に関わった早期開発実現政策は、チベット人に悲惨な状況をもたらしている。この政策は中国都市部をモデルとしたもので、何世紀にもわたる高原地帯の生活で培われてきたチベット人の考え方や生き方、ニーズを考慮していない。ダライ・ラマ法王は、チベットを開発するなら今すぐチベット人も当事者に加えなければならないと繰り返し訴えている。

本物の「大躍進」であれば、経済開発でチベット人が活躍できる余地を認め、チベットの宗教文化やアイデンティティーを保護し、チベットの将来に関する意思決定にダライ・ラマ法王が関与することを歓迎するはずである。10年に及ぶ外交上の行き詰まりの後、2002年から北京とダライ・ラマ法王代表部との間で話し合いが幾度か行われたが、現時点で本件に関する中国の姿勢ははっきりしない。

智恵と思いやりを信条とし、相互依存と非暴力の教えを伝えるチベットの貴重な文化と宗教は、チベットの風土や人々の心に根ざしている。チベット仏教徒の知識が現地に存続することは、チベット人だけでなく世界にとっても極めて重要である。中国の拡大政策によってチベットの伝統文化がこれ以上破壊されることがあってはならない。

※俳優のリチャード・ギアは、インターナショナル・キャンペーン・フォー・チベット( ICT / International Campaign for Tibet)の議長(chairman)を務めている。